次に三宝帰依は法(仏様の教え)に帰依することを表白します。
自ら法に帰依したてまつる。
まさに願わくは衆生とともに、
深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならく。
仏様に帰依するというのは、魂で悟るという個人的なものですが、法に帰依するというのは、普遍的な仏教を理解して悟るのです。
仏教というのは、99%は理屈でわかる教えですから、それで相手に説けますし、また自分が生活を仏様の教えた真理に従えます。
人生には、時には都合の悪いことが起こったり、困ったりしたことが起こります。
その時でも、法に帰依していれば、一時は真理のとおりに行かないと思えても、やがて真理のとおりに世の中が動くと信じていられるのです。
深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならくとは、字義だけを見ると深い広い海のような智慧を得るというのですが、そう固くとる必要はありません。
一番根本の真理をつかめば、その場合にどうするのが正しいかは、自然にわかってくるのです。
ですから、その根本の真理を努力してつかむ決意を表白しているのです。
ちなみに、根本の真理とは、根本仏教では縁起観、法華経では諸法実相をつかむのが、まず考えられます。